編集長コラム | ||
「あたりまえさ」の羅針盤 | 農業経営者 12月号 | (1995/12/01)
『本屋です、まいど』(岩根ふみ子著・1600円・1992年3月平凡社刊=東京都千代田区三番町5 TEL03-3265-0455)という本だ。発行から年月がたっているので版元か書店への注文でしか手に入らないだろう。でも、ぜひ一読をお勧めする。
さまざまな出版ジャンルの中でビジネス書は常に売れ節分野の一つである。それだけ、自分の経営や営業に悩みを持つ経営者やセールスマンたちが多いということだろう。優れた経営コンサルタントによって巧みにマニュアル化された経営や営業のハウツー本も、それはそれで役には立つ。先進的な経営を紹介したルポの中にもさまざまなヒントが示されていることもある。しかし、類書が尽きることなく出版され、また売れるのは、裏を返せば多くのビジネス書に求めて与えられない、読者の不満の存在を逆に証明していることのようにも思える。
『本屋です、まいど』は、岩根ふみ子さんという小さな本屋のおカミさんが書いた、人生の中間決算書とでも言うべき現在進行形の半生記である。
功なり名を遂げた著名な経営者が書く作品のように、含蓄は深いけどどこか読者が追い付けない成功談でも、訳知り顔の説教でも、時代への嘆息でもない。どこにでもある、お客さんや共に働く家族や従業員の顔すべてが見渡せる規模という意味での、小さな商売の中で育てられた商店のおカミさんが語る等身大の人生論であり経営論であり、そして商売とセールスの秘伝書でもある。努力すればこそ「感謝」を知らされ、それが仕事と人生を豊かにしていく様を伝える快著である。
読み進むにつれ、さまざまなエピソードの中で語られる家族、お客さん、取引先や同業者、そして自身へ向けられた著者の眼差しの中に、商売が、そして一人の人間の生き様としての仕事が見えてくる。文字通り一所懸命に、でも気張ることもなく謙虚に、何より明るくあたりまえに生きてきた著者だから語れる「あたりまえさ」の羅針盤である。
僕は本を読んだ以外、著者について何も知らない。多分、この本は、優れた営業担当者である著者を見込んで、取引先である取次会社か出版社の社員に奨められ、夜なべで書いた一冊なのだろう。
滋賀県伊香郡木之本町。琵琶湖の北岸に接した人ロー万人、3000世帯の雪深い山合いの町にいわね書店はあるらしい。どこにでもありそうな小さな町の本屋さんである。しかし、いわね書店はその立地条件にもかかわらず何度も出版社の販売コンクールで上位の成績を収める超優良書店でもあるらしい。
いわね書店の実績は少年漫画雑誌一冊でも配達する「外商」が作る信用に支えられている。しかし歩んできた道は平坦ではない。
郊外型大型書店の進出に対しての眠れぬ夜。その対抗策としての支店開業の誘いと老人性痴呆のおばあちゃんを抱えての葛藤。そして「何のために…」と、問う著者夫婦。さらに困難の理由を自分以外に転化せず「配達」する本屋である己の道を信じ、努力する以外に方法はないことを朗らかに確信する著者。
本書のあとがきで述べられる「本屋が本屋であり続けるには、お客様の多様な要望にどれだけ応えられるか、求めておられる本をいかに早く手渡せるかにかかっている。言ってしまえばただこれだけのことだが、これがなくなっては本屋の存在価値もなくなってしまう」という独白は、誰でもが「本屋」をそれぞれの商売や仕事や人生に置き換えらえる。
どんな商売でも仕事でも、人は自分を必要としてくれる人や顧客というものを通して「社会」や「歴史」に試されているのであり、我々が顧客を試すためにいるのではない。
でも、それは決して顧客に振り回されたりへつらうことなどではない。そして、誰も今の自分の仕事や人生を命じられたり頼まれてやっているのではなく、自らがそうありたい、好きでやってる生き方であり仕事なのだ。農家であることもまた同じではないか。でないというのなら、自らこう在りたいという人生を放棄しているだけのことだ。
岩根さんの著書は、そんなことを気付かせる本であり、小さな事業主の奥さんたちや女性一般の感動を呼ぶばかりでなく、すべての売る人、働く人、経営する人々への応援歌になると思う。
同時に、己れを問い続け、実践してきた者にしか語りえない、等身大の生身の人生の独白であるが故に最高のビジネス書なのである。
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