【「農業経営者」編集長 昆 吉則 -
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上野駅に訛りを聞きに行った石川啄木でなくとも、誰でも訛りが懐かしい。標準語を使う人でも自らが所属する集団や組織、あるいは固有な文化(言葉や行動パターン)を共有している人々の間にいることでホッとした気分に浸れる。
方言だけでなく、広島弁を使うチンピラヤクザから今時のコギャル言葉、業界固有の言葉遣いも同じだ。言葉遣いや訛りは、単に摺り込まれた習慣というだけでなく、人々が自分の居場所や背負った文化を確認する記号なのである。職業や地域、あるいは様々な世代その他の集団を構成する者たちが固有な言葉遣いや行動パターンをとるのは、それによって彼らが精神の安定を保つことができ、集団への帰属意識が自信を与えるためである。人は集団から疎外されることを恐れ、同時に準拠する文化が無くなることへの不安を持っている。新しい価値基準が明瞭ではない時代には、他者から見れば矛盾が明らかであっても人は帰属する組織や集団の論理や行動様式あるいは思考の「枠組み」に固執する。そして批判者を排除しようとする。崩壊期にあったソビエト社会やつい先ごろまでの農業界に限らぬ現代の日本の状況とはまさにそういうものではないだろうか。