編集長コラム | ||
ある外食業経営者の退任 | 農業経営者 10月号 | (2001/10/01)
メールには、本誌が紹介した読者宅を引継ぎのためにバイヤーを伴って訪ねたが、「退任のことは言えなかった。後で手紙を書くつもりです」とあった。同氏を退任させた人々への非難がましい言葉や弁解は無いが、食材の提供を通 して同氏の事業に協力してくれた読者に、直接、退任の挨拶を口にできなかったことへの無念さが表れたそのメールに同氏の誠実さと人間力を感じた。
業界通によれば、同氏は老舗の料理店が展開し業績不振に陥っていた和食レストランチェーンのてこ入れのために請われて入社したという。同氏は事業の建直しをはかり、さらに新業態のチェーン展開のために自ら農家や醸造元あるいは魚の卸を訪ね、直接面 接をして高品質の食材を集めて回った。農産物に付いても産地というより生産者、その土作りへの取組みに注目した同氏の食材調達は、店のスタイルとともに顧客の支持を得た。
そうして契約した生産者から調達する野菜は、やがて自社だけではさばき切れなくなった。それならと、開店前や休業日に店舗の前を生産者に開放し、即売会を開いたりもした。保健所からクレームを付けられて苦労しているなんて笑って話していたのを思い出す。その後、受け皿となる卸と共に同業の外食業者に取引農家の野菜を供給したり、同社のホームページを介して有機農産物の個人向け販売をするなど、自ら発掘し育てたとも言える生産者の経営を助ける様々な取組みにも熱心だった。そして、それを自社の食材調達を安定化させるという手法に止めず、農と食とを結ぶ仕事としての外食産業が目指すべき経営理念を実現するために熱心に取り組んでいたのだと想像する。
社員教育と顧客サービスのために自社の農場を作った。優れた農業経営者の仕事を手伝わせることも社員教育の一貫とした。一方、契約した生産者に対しても企業経営管理の基礎を伝え、やがてその取組みは、取引農家にパソコンを導入させ、同社の仕入担当や同氏自身のコンピュータを通 信で結び合い、様々な相談やデジカメを使っての出荷管理情報を生産者と同社が共有してロスを減らすという工夫まで進めていた。また、有機農業を支援する同氏は、契約する生産者の品質保証に役立てるべく、有機農産物の認証団体の立ち上げをバックアップしてもいた。
あるいは、また「サラダホウレンソウ」といっても品種や栽培方法が定着していない時代に、同社が初夏のホウレンソウをサラダメニューとしていたのを筆者が品質に問題ありと批判したところ、同氏は数日の内に展開している全店に断りの張り紙をし、理由を示しながらこの時期のホウレンソウサラダをメニューから外した。そうした対応ができるのは、同社が大規模チェーンではなくトップの意向が直接お店の振舞いに反映する規模であることと同時に、同氏の食材に対する真摯な態度を示すものだと思った。
こうした同氏の経営は、不況と言われる外食業界の中にあっても目覚しい業績を上げ、世間の注目を受けるようにもなっていた。
しかし、昨年来、同社の業績はそれまでのような急カーブの上昇を示せなくなったという。デフレが最も進行しているとも言える外食業界の中で比較的客単価の高い同社においても、さすがに顧客の財布の紐が締ってきたことが原因なのであろう。
にもかかわらず、それまでの急成長はオーナーが株式上場益に期待を持つのに十分なものであったようだ。となると、自ら産地を回り、社員教育と有機農業の普及のために自社農場を作り、取引農家たちの品質を保証するために有機の認証団体の設立を後押しまでする同氏が、業績低下の責任を取らされたというのが業界紙記者に聞いた話である。
それも企業経営としての一つの選択なのかもしれない。しかし、筆者はそうは思わない。
もし仮に、同氏の実践が無かったなら、もとより明確な経営理念を持った外食産業チェーンとしてこれほどの成長は無かったはずだ。たしかに、業績の悪化はあったのだろう。しかし、株式上場を焦らぬ としたなら、同氏や同社にとって、今が盤石の土作りがなされた農業のように、次への大きな飛翔を可能にする経営基盤を作る一里塚だったかもしれない。
そして、これは同社の問題というよりも、同氏の存在や努力がこれからの農業と食産業が作っていく未来のために稀有というべき貴重な存在であったと考えている。同氏からは、少しの休養の後に、改めて農業と食を結ぶ仕事に取り組みたいとの手紙を頂いた。同氏の今後の活躍に最大限の敬意を込めてエールを送りたい。
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