「IPM(=総合防除、Integra-ted Pest Managementの略)」という言葉をよく耳にされると思う。農水省も「環境保全型農業」の推進という側面からこれを推進していく考えのようだ。しかし、いくら環境保全型でも経営の収支が合わないのであれば経営としては導入できない。IPMという言葉自体、使う人によっても意味が微妙に違う。「農薬を減らす手段?」「天敵を使う農法?」「環境保全型農業の呼び名?」等々、生産者の認識も曖昧で、技術提供役であるはずの農薬メーカーにおいても企業によって微妙にその言葉の使い方が違う。
そもそも、園芸でも畑作でも水稲でも、まさに“上農は草を見ずして草を取る”の例えがぴったりの農家がいるものだ。IPMなどと言わずとも優れた経営者の畑やハウスや水田では病虫害や草が少なく、それゆえ農薬代や資材費もかかっていない。実はこれこそがIPMの本質なのである。IPMは、もとより無農薬を標榜する有機農業の新しい姿ではない。従来の農薬だけでなくいわゆる耕種的防除と言われる技術的手法や様々な資材、それに天敵昆虫などの生物農薬やBT剤など新規に開発されている生物農薬技術を積極的に取り込んでいくことで、作物の品質を高め経営コストを低減させることが目的なのだ。それが結果として環境負荷の小さな農業生産に結びつく。これは優れた農家が昔から当り前にやってきた発想だ。
見た目の資材費はかかりそうだが、すでに天敵昆虫等の技術を採用することで農薬散布その他の労働コストも加えればトータルに経営コストを低減させている人々もいるのだ。本誌は、「べき論」で語る環境保全型農業技術を安易に勧めたくはない。あらゆる技術は経営の手段である。
あわせて、この特集の中で、自らの経営管理の改善のためにユーレップGAPを取得し、そこから日本独自のGAPを農産物の生産流通に定着させようとしている木内博一氏(和郷園)を紹介した。同氏はいわゆるIPMに取り組むわけではないが、IPMの導入を考える上での参考にしていただきたい。
「総合的病害虫管理」とは
【農研機構東北農業研究センター 河合章】
自然生態系では全ての生物のバランスが保たれ、特定の種類が大発生することはまれです。しかし、農業は特定の植物のみを「作物」として植えつけるため、その作物に適合した昆虫が増殖し「害虫」となります。また、品種改良や施肥等の作業も、害虫にとって好適な作物を作ってきました。病害についても同じことがいえます。このため、農業は常に病害虫との戦いでした。(以下つづく)
河合章 (かわい あきら)
1951年神奈川県生まれ。76年に京都大学大学院農学研究科修士過程終了、農林省入省。野菜試験場、野菜・茶業試験場、 農研機構野菜茶業研究所等で、野菜及び茶の害虫総合管理体系の確立に関する研究を推進。「ミナミキイロアザミウマの総合管理体系に関する研究」で、日本応用動物昆虫学会賞受賞。農学博士。05年から、 農研機構東北農業研究センター野菜花き部長。
事例1 抵抗性発現防止とコスト削減のためのIPM
【石川栄一氏 (神奈川県海老名市)】
何年もセンチュウに悩まされ、年を経るごとに必要とされる薬剤の量ばかりが増えていくことに不安を覚えた石川氏は、農薬の使用を止めたことがある。もちろんセンチュウの害は出たが、どこにどれだけいるかを知ることができた。そうすれば害のないところにまで薬剤を散布する必要はなくなる。当時IPMという言葉は知らなかったものの、同様の考え方を持っていた。日本に初めて天敵が輸入された1991年、日本植物防疫協会と神奈川県農業技術センターによる試験圃となったのがきっかけで、石川氏は初年度にして天敵を導入するに至った。(以下つづく)
事例2 積極的に情報収集 直接質問できるブレーンを持つ
【藤澤鎭生氏 (静岡県三島市)】
イチゴ栽培歴20数年の藤澤氏が「総合防除」の考えを持ち、取り組み始めたのは今から5年前のこと。きっかけは「チリカブリダニがハダニに効く」との試験場のデータを目にしたことであった。資料ではその効果が『◎』となっていたことから、これは確実に効果のあるものだろうと興味を持った。藤澤氏は天敵を使い始めることにより『IPM』という言葉を意識し始めたという。(以下つづく)
IPMの幅を広げる生物資材その開発と普及
【アリスタライフサイエンス(株) バイオソリューション部 部長 和田哲夫】
生物農薬について分かりやすく説明されている『天敵戦争への誘い』の著者で、アリスタライフサイエンスの和田哲夫氏。もともと農薬の専門家であった和田氏が考える生物資材やIPMについて、技術開発の現状や今後の展望について編集長が聞いた。
昆 まず、和田さんがお考えになっているIPM(総合的病害虫管理)とは何か、お話いただけませんか。
和田 国際的にIPMの定義は明文化されていますが、私なりに一言でいえば「使うことのできるすべての防除手段を使う」ことです。
昆 というと?
和田 私の場合、IPMの中でも害虫防除が専門ですが、たとえば、従来の化学農薬による化学的防除、虫よけネットなどの物理的防除、天敵昆虫や微生物などを使う生物的防除、種子を選択する耕種的防除、それらをすべて使うという考え方です。(以下つづく)
和田哲夫 (わだ・てつお)
1952年生まれ。東京大学農学部農芸化学課卒業。(株)トーメン生物産業部(現・アリスタライフサイエンス(株)アグロフロンティア部)入社。化学農薬の開発・登録・普及にかかわる。1985年から米国トーメンサンフランシスコ支店に勤務し、そこで天敵農薬による防除と出会って以来、害虫の生物的防除の開発に着手。帰国後、日本での天敵資材の開発・普及に尽力し、日本バイオロジカルコントロール協議会の設立にかかわる。日本での生物農薬の第一人者のひとり。著書に『マルハナバチの世界』(日本植物防疫協会)、『天敵戦争への誘い』(誠文堂新光社)など。
対談 リスク管理は企業文化形成の手段
(農)和郷園代表 木内博一、農薬ネット主宰 西田立樹
いまだ有機や無農薬と同じ付加価値と見なされがちなIPMだが、実際、経営としての農業にIPMを取り入れる意味はどこにあるのか。より広い意味で農業における品質管理の本質とは何なのか。
日本にわずかに二つだけというユーレップGAP取得農場を経営している和郷園代表の木内氏は「GAPは一つの手段でしかない。もっと高い目標を持たなくては」と述べる。
早くから複合的な品質管理に取り組み、着実な成果を上げている木内氏に、農薬のエキスパート西田氏が聞いた。
西田 和郷園は食品工場としての衛生管理や農場管理、農薬の適正化など個別的な管理を徹底しているのはもちろん、高度な物質のリサイクル技術や経営手法なども含めたもっと大きな意味で品質管理という問題をとらえている気がします。
木内 そうですね。もともと農業は家族経営が主体だったため、分野ごとのリスク管理がしにくかったんです。われわれが目指している事業的な農業では、農薬の管理、栽培管理、雇用管理、インフラの管理といった分野ごとにリスクに対応できるような仕組み作りが不可欠です。さらに、それらをまとめあげる経営理念と人材教育が必要だと思います。
西田立樹
1969年大阪府生まれ。農薬に対する正しい知識を広めようと、インターネットサイト『農薬ネット』を主宰。
(
http://www.nouyaku.net)
木内博一
1967年千葉県生まれ。代表理事を務める(農)和郷園は20〜30代の農業経営者たちによる産直団体。2004年9月にユーレップGAPを取得。
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