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自給率の低さは豊かさと安全の証 | 農業経営者 11月号 | (2005/11/01)
自給率の低さは豊かさと安全の証
食料自給率は低い方がいいと主張すると、必ず“売国奴”などと非難を浴びる。
だが、日本は世界の様々な地域から食料を輸入しており、ある供給源で問題が起きれば、別の供給源への切り替えが可能だ。BSE(牛海綿状脳症)などの問題が発生しても、供給が止まったり、価格が暴騰することはなく、天候のリスクにも対応できる。日本は世界で最も食の安全が確保された国の一つだとも言える。
刷り込みによる自給率論
「供給国が売ってくれなくなったら大変だ」と言う人がいる。しかし、食料輸出国の生産者はビジネスとして農業生産をしており、日本を困らせるために売り控えることなどありえない。政策的に輸出を止めようとすれば、その国の政府は農産物を買い上げるため、ばく大な財政支出を強いられる。
石油ショックのような事態も食料に関しては起きない。石油は農産物と違って量に限りのある資源であり、産油国も限定されている。その石油でさえ高価格をカルテルによって維持できるのはごく短期間であって、国際市場で農産物の価格コントロールを長期間、続けることなど不可能だ。
ところが、不思議なことに日本人の多くは自給率の低下を恐れている。貿易自由化の利害関係者だけでなく、一般消費者までが「食料は自給しないと危ない」と言う。理由は小中学校の教科書にあり、自給率を高めねばならないという刷り込みが行われている。
その結果、片手間で農作業をするような農家が保護され、農業の国際競争力はますます下がる。国民は高い農産物を食べるよう強要され、にもかかわらず「農業だけは特別」と思い込まされている。
農業問題を避けるアジア志向
東アジアとのFTA(自由貿易協定)が提唱されると、自由化が進むような錯覚に陥る。けれども、日本がアジア志向を強めているのは、農業問題を避けて通れるからだ。中国を除けば、おおむねアジアからの農産物輸入は国内農業に影響を与えるほどの量ではない。事実、政府は米国やカナダ、豪州とはFTAを結ぼうとしない。
私は、農産物の輸入はすべて自由化すべきだと考える。国際分業による効率化は経済学では当たり前の発想だ。自由化すれば食料供給の安定度はさらに増す。食料品が安くなる分、国内労働者の実質賃金も上がる。
また、農業は本来、未来型の発展可能性のある産業であり、競争にさらされてこそ、政府に依存しない自立した農業が実現する。バイオテクノロジーなどの新たな技術を使い、新たな経営形態で、高い生産性を実現することは十分可能だと思う。
http://www.noguchi.co.jp/
おはようございます。
「自給率の低さは、豊かさと安全の証」
とは、まさに <売国奴>である・・・
日頃から、合理主義と効率性を説く・・・
野口氏らしい発言で・・・恐れ入りました。
あまりにも短い文章なので、話には飛躍があるが・・・
極論すれば、何が問題なのかは、よく見える。
農業をビジネスとしてとらえるべきだという
主張が根底にある。
農業の保護とは、どうあるべきか・・・
食の安全を確保するとは、実際どうすべきか?
時代は、グローバル化している中で、
世界の農業と対峙して、日本の農業が生き抜いていく道を
明らかにすることが大切でもあると思った。
また、日本の農業は、なぜ世界をめざさなかったのか?
という大きな反省も生まれてくる・・
必要なことは、
「自立農業」の方向を明らかにすることかもしれない。
つっちー@上海