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編集長コラム

農業界に新しい神話を作る人々 | 農業経営者 7月号 | (2006/07/01)

【「農業経営者」編集長 昆 吉則 -profile
流行りすたりの激しい時代を考えれば、もう旧聞に類することかもしれないが、「ALWAYS 三丁目の夕日」という映画を見た。「俺、3回も見たよ」と勧める同級生の言葉につられて映画館に足を向けたのだ。

原作となった漫画の存在を知らなかったが、いかにも筆者と同世代の原作者が持つ昭和30年代の追憶を、若い映画作家がその映像技法でリアルに再現してみせたこと。それが、この映画が同世代人の心の琴線を震わせた理由なのだろう。

 映画に登場する少年とほぼ同世代の筆者にとっても、そこに映し出される風景と語られるエピソードは懐かしかった。
時代や経験を共有する者が思い出を語る時、事実というより個人の思い込みや自分本位の脚色によって彩られていればこそ、話しの印象が強く、その懐かしさも増幅される。民族に神話があるように家族や同時代を生きた者たちも、そのように自らの過去を神話化する。自らのアイデンティティのために。やがてそれが家族や民族の心を繋ぐ絆となる。

主人公の家族の当主が経営する鈴木オートは間口数間の店。どうみても「自動車整備工場」ではなく「自動車整備店」であるところが昭和30年代なのだ。その「社長」の台詞。金の卵とも呼ばれた集団就職で上京し、住み込みで働く少女に、「自動車産業はこれからの時代の花形産業なのだ」というようなことを熱を込めて語る。

現実には、その後の日本社会にはエネルギー転換に伴う大労働争議や公害事件、あるいは国論を二分した政治的混乱があった。でも、彼の台詞に、今よりずっと貧しくとも困難の中で成長を信じていた当時の市井の人々の気分が示されていた。

その場面を見ながら筆者は、あの鈴木オートの社長のごとく熱く未来を語れる人々が、今という時代であればこそ、農業の世界にいることを思い起こしていた。それは未来を信じる経営者本人だけでなく、あえてそこに職場を求める人々たちのことである。

本誌では、5月号から農場に働く人々のリレー訪問対談を始めている。あたりまえの現代の職業人として、法人個人を問わぬ農業経営者の下に働き場所を求めようとする人々。彼らの存在は日本の農業にとっての金の卵というべき存在だ。

まだ、その数は限られている。玉石も混交であろう。でも、その中に教養も知識も体力も、そして何よりも誇りを持った若者がいる。彼らの語る農業経営と農業への夢は、まさにあの三丁目の夕日の下で働いていた鈴木オートの社長のそれだ。

農家の後継者の中にも誇りと能力を持った優れた人材がいることは承知している。でも、親の仕事や資産を受け継ぐのではなく、自覚的に職業として農業を選ぶ人々が登場してきたことは、日本農業の可能性を示している。

彼らであれば、他に職場を求めても恵まれた労働条件が与えられるかもしれない。でも、彼は農業、そしてその農業経営者の下で働くことを選んでいる。青年たちは言う。

 「もっと給料の取れる会社にするために自分に何ができるか」、「もっと労働条件を改善できなければ優秀な人材が集まらない」と言いつつ「昔の職人の世界で親方の下で奉公して、一人前になった上でお礼奉公をする。その意味、俺、理解できるよ」と。

 彼らこそ農業の世界に新しく受け継がれる神話を作る人々なのだ。
Posted by 編集部 08:30

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