農業技術 | 乾田直播による水田経営革新 | ||
Vol.7 発芽と苗立ちの絶対条件を再認識 除草剤・播種密度にも課題 | 農業経営者 8月号 | (2006/08/01)
【コメ産業コンサルタント 田牧一郎 -profile
】
6月末、矢久保農場を訪問し矢久保英吾さん、後継者の矢久保諭さんと話をしてきた。今年のここまでの状況、そして反省点や今後の対策もうかがった。
10年目の油断
乾田直播栽培の稲は見事に育っていたが、ごく一部は葉色が揃っておらず、生育の遅れが見てとれた。前号で少し触れたが、この部分は発芽不揃いによる苗立ち遅れと欠株の対策として補植を行った部分である。
これを諭さんは「10年目の油断」と表現した。稲のないところからコメは収穫できないため、補植をすることで秋の収穫を期待することになったと言う。苗は当然矢久保農場では作っていないため、隣の農家から分けてもらった。諭さんは就農してから本格的な移植栽培の経験がないため、「コメ作りをするようになって今年が最も多くの苗を植えたシーズンになりました」と、苦笑いをしながら説明してくれた。数十箱の手作業補植であったが、乾田直播栽培のみでコメ作りを学んできた青年にとっては、反省と悔しさが入り混じった複雑な心境であったと思う。
圃場作りのタイミング
原因ははっきりわかっている。レーザーレベラでの均平作業を、土が十分に乾燥するのを待たずに行ったためである。
矢久保農場の水田は砂が混じった土である。プラウで反転された土はレベリング作業時に表面の土を動かすことで細かな土に砕けてくれる。ただし、土が砕け細かくなるのには、土の乾燥が絶対条件となる。今年はこの条件を満たしていなかったと諭さんは反省している。10年間の経験でレベリングに最適な乾燥状態を熟知しているはずだったが、今年は判断ミスを犯した。乾ききらない部分の土をむりやりレーザーレベラで動かし平らにした。その部分は土を練った状態になり、表面は平らに見えても本来の細かい土の集積ではなく、土の塊が小さくなりきれないまま表面に残った。それでも播種直前にかけるバーチカルハローが播種深を一定にしながら、覆土に適した細かい土を作ってくれると見込んだ。しかし、一旦練られて固まった土はバーチカルハローでも細かくなりきれなかった。その結果、播種深にもバラツキがでてしまったうえ、当然細かい土が少ないため覆土も予定通りにはできていなかった。
大きな塊はなぜ良くないか
種子が細かい土で覆われていないことで最も大きな問題となるのは、乾燥に対して弱くなり種子が乾ききって正常な発芽ができなくなってしまうことである。特に今年は、播種後に降雨がなく矢久保農場でも灌水することを検討する程度まで土が乾いた。灌漑用水を入れる直前にまとまった雨があり、発芽と苗立ちを確保できたが、比較的大きな土塊に囲まれた種は、周辺に隙間が多くできてしまいすぐに乾いてしまう。細かい土で覆土されているのであれば、深いところから水が上がるため、種子の周辺に適度な水分を補給してくれる。矢久保農場では、播種直後にこの水分を得るために、最適な播種床を作り同時に覆土も確保する意味で、バーチカルハローの工程を播種直前に組み込んでいるのである。
乾田直播で播かれた種子は種子表面の水切りをした後、土の中に置かれる。すでにハト胸状態まで発芽過程は進んでおり、芽が出るための水分は周辺に湿り気がある程度であれば問題ない。水を含ませたガーゼあるいは脱脂綿の上でのイネの発芽実験からそれは確認できる。そして、苗立ちのための根が出て芽が伸びるためにも周辺に充分な湿り気が必要となる。発芽実験では種が水を含んだガーゼに触っていることが条件である。同様に土の中でも湿り気をもった土に触っていることが、発芽と苗立ちの絶対条件である。大きな土塊の中では種子が湿り気を持った土に接して、水分を得ることができないのである。特に一度練った土の塊は乾燥が進むと石のように硬くなり、周辺はどんどん乾燥していくのである。これでは種子に水分が補給されない。
除草剤での反省
除草剤リボルバーエースは各種雑草に対する有効成分を含んでおり、直播栽培用として登録されている。イネ科の雑草にはクリンチャーの主成分でノビエ3葉期まで確実に対応してくれるほか、広葉雑草にも有効な成分が含まれている。そしてホタルイなどへの有効成分であるブロモブチドも入っており、幅広く雑草を抑えてくれる。
矢久保農場では、昨年まで使用していた除草剤からこのリボルバーエースに換えたことが良い効果をもたらした一因とも言える。継続して同じ除草剤を使うことで雑草に抵抗性ができてしまい、特定の雑草に効果がなくなることもある。時々、除草剤の種類や組み合わせを変えることで、雑草対策を行うことも賢明な方法である。
全体として雑草は良く抑えられているものの、畦の近く約5mほどには生育が遅れている部分が見られた。これは、除草剤散布後に風で水が寄せられ深くなった部分があり、いわゆる除草剤が効きすぎてしまったためと思われる。このリボルバーエースは土の表層に処理層を作るタイプの除草剤である。接触剤を除く一般的な除草剤は散布後の水の深さがその効果とイネの生育に大きく影響するのも事実である。深すぎる水深は稲の生育を停滞させてしまう場合がある。1枚2.5haという大きさの水田区画と、風の向きや圃場の水の深さの組み合わせが、一部生育を遅らせたとも言える。しかし、この程度の生育の遅れは取り戻せすことが可能である。
株間の間隔設定
播種機の設定にも関連するが、株間が13bで坪80株と、過密ぎみの播種となった。播種後50日で分ケツが4本から7本出ている。点播で3~4粒の播種であったため、それぞれ株元から分ケツがとれており、稲が株元から開いているのがはっきり確認できる。すでに株当たり12本から20本の茎がでている。これが24株/m2との掛け算でいけば288~480本/m2、平均380本/m2の茎数となり、この段階ですでに必要な茎数は確保できたことになる。しかし、実際には分ケツはさらに進み、穂数はさらに増加する。茎数が多すぎ、結果として無効茎になっては無駄になり、また多すぎる穂数はそこにつく粒を小さくしてしまう。大きく充実した粒を多く収穫するには適度な穂数が不可欠である。そのためには播種量と播種密度が重要な計画ポイントである。毎年、穂数は多く確保できており、現在のイネから見ると今年は予定より穂数が多くなるであろうことが確認された。今後の課題として株間を広くし、播種密度を下げることを検討する必要がある。苗立ちの確保との関連も加味しての設定であることは言うまでもない。