提言 | 視点 | ||
世界を開拓する自由 | 農業経営者 9月号 | (2006/09/01)
【エコファーム・アサノ オーナー 浅野悦男】
先日、フランス人の著名なシェフが私の農場を訪ねてきた。畑の野菜を口にするなり、彼は「こんな野菜が使える東京の料理人がうらやましい」とうなった。パリから自動車で1時間圏内に、うちと同じぐらいの品質、品揃えの素材を供給できる農場はないそうだ。それどころか、「パリ市内のマーケットにもない」とシェフは驚いていた。
冗談まじりに「じゃあ、フランスに行くよ」と水を向けると、彼は「ぜひ!」と言った。
替えがきかない存在に
農家が作ったものを「農産物」と言ってしまうと、ただの原料生産者になってしまう。作ったものは「商品」であり、どうすれば売れるか、どんなふうに食べてもらうのかを考えなくてはならない。
取引先のレストランに対して、私は「私を最高の野菜を提供するスタッフだと思ってくれ」と話す。圃場の状況と料理人の個性に合わせて、一緒にメニュー作りまで仕掛ける。
価格を含め、一切の妥協はしないし、「シェフの立場でなく、お客の立場でメニューを考えろ」「同じ野菜は二度と作れないのだから、同じレシピなんてありえない」などとずけずけ言う。ありがたいことに、それでも一線の料理人たちが農場に足を運んでくれる。プロ同士として認め合い、お互いに替えがきかない存在になることが、本当のパートナーシップだと思う。
リンゴをリンゴとして売ろうとしてもなかなか売れない。買い手が売り手に何を求めているか、消費者は商品に何を求めているか。農業を事業として経営するならば、その答えをこちらから提示する必要がある。イノベーションは常に異次元発想から生まれる。マニュアルや形は過去にはなく、自ら作り出すものだ。
農業の本質はフロンティア精神であり、それは畑を開拓することだけではない。すべてを開拓するのが農業の仕事であって、また、それが可能な産業でもある。
どんなビジネスを起こすのも自由だし、価値のあるものを作れば、値段も自分で決められる。しかも、おいしさや健康は世界中の人たちが求めている。既成概念やしがらみ、国内事情にとらわれなければ、農業ほど自由なものはない。
志とビジョンある若者を
少なくともフランスには私が作る野菜のニーズがある。日本人がフランス人のために料理を提供するのが決して夢物語ではないことも、現地で活躍する日本人シェフの力量によって証明されている。
そこで、海外で何かを表現してみたいという若い人がいたら、ぜひうちの農場に研修に来てほしい。経験・性別不問、志とビジョンと冒険する覚悟のある人を待つ。
(インタビュー・まとめ 秋山基)
浅野悦男(あさの えつお)
1944年千葉県八街町(現八街市)生まれ。農業高校中退後、17歳で就農。その後、麦・落花生・サツマイモ中心の経営から野菜へと転換した。現在は高品質な西洋野菜を100種類以上作り、各地のレストラン向けに販売。シェフたちとのメニュー作り、新たな食材作りにも取り組む。本誌35号農業経営者ルポに登場。