時流 | 貸しはがし事件記 | ||
集落営農の犠牲者
岩手県北上市で起こっている「貸しはがし」事件記
連載第5回 | 農業経営者4月号 | (2007/04/01)
集落営農による貸しはがしに絡んで、農水省は相談窓口を設けた。この流れを受け、岩手県北上市北藤根地区の組織と伊藤栄喜氏(59)の問題では、県を中心に改めて両者の仲裁に入る動きが見え始めた。しかし、テレビ番組で松岡利勝農相が不用意な発言をするなど、行政には依然、政策遂行を優先させる姿勢が目につく。それならば、制度上、認定農業者と「同列」とされた集落営農は、本当に担い手たりえるのか。その疑問に迫るため、今号では組織の事業収支計画書を分析する。
(秋山基+本誌特別取材班)
(秋山基+本誌特別取材班)
先月号で筆者は、農地貸しはがしの相談窓口が北陸農政局に設置されたことに触れ、「北陸で可能なことが、東北でできないはずがない」と書いた。
雑誌発行前の1月26日、農水省経営政策課に「集落営農の組織化に伴う土地利用調整に関する相談窓口」が設置された。続いて、同月29日、東北農政局は品目横断的経営安定対策加入準備室に「土地利用調整相談専門チーム」を置いた。
国として貸しはがしに対処する最低限の体制が、ようやく形の上では準備されたことになる。
伊藤氏は被害を改めて農政局に相談。その内容は、同局から岩手県と北上市農業委員会に伝えられた。
ところが、その矢先の2月2日、農業問題を扱ったNHKの全国放送「地域発!どうする日本」で、北藤根の集落営農と伊藤氏の問題が取り上げられ、出演した松岡農相が「伊藤さんが集落営農に参加すれば、これで解決する」と言い放った。
この発言は、伊藤氏の経営者としての判断をあまりにも軽視している。伊藤氏は集落営農の先行きに疑問を感じたからこそ、参加をためらったのであり、昨年3月の段階で、組織側に、「何を作り、どこに売るかを決めておかないと、組織の維持は難しい」と助言している。貸しはがしはその後、一方的に強行された。
農相は「ちょっと感情的にこじれていることもある」とも述べたが、これも正確ではない。伊藤氏は感情的にこの問題を捉えてはいない。貸しはがしが起きなければ、組織とのすみ分けも可能だった。
すでに何度も指摘した通り、伊藤氏と組織の軋轢は、蕫農政改革﨟という名の矛盾だらけの政策が呼び起こした。にもかかわらず国は問題解決を地域に丸投げにし、現地に繰り返し誤ったメッセージを発信することで、「こじれ」を悪化させてきた。
とりわけ今回の農相発言を巡っては、現場に近い農水省関係者からでさえ、「(大臣は)困ったことを言ってくれた」「あの発言はないだろう」といった声が上がっている。
品目横断的経営安定対策は「意欲と能力のある担い手」に対象を限定している。そこで今号では、本誌が入手した北藤根の集落営農組織の事業収支計画書(PDF版)を考察し、組織側の意欲と能力を問う。
また先月号で述べたように、組織の代表者は「利益追求の農業」を否定している。そうした言葉の真意を探り、集落営農全般の将来性を占うためにも、この計画書をできるだけ詳細に吟味したい。
計画によると、組織の経営は水稲(25ha)と大豆(10ha)を中心とし、そのほかに作業受託を毎年拡大させていく。組織加入者の水田でコメを、伊藤氏などからはがした転作田で大豆を作りつつ、非加入者からの水稲の作業受託を増やしていく構想と見られる。
水稲の売上高は2007年から2011年まで、2712万5000円を見込んでいる。反当たり10万8500円ということは、反収8俵とすると1俵1万3562円、8・5俵とすると1万2764円を念頭に置いていることになる。
甘めの試算であることは言うまでもないが、もっと問題なのは、米価の下落傾向がまったく考慮されていない点だ。これでは経営計画どころか、現状維持への期待を数字で表したにすぎない。
大豆は07年と08年以降とでは、売上高が変化している。今年は、伊藤氏が小麦を播種した農地を使わずに、来年から10haすべてに作付けする考えなのだろう。
10haで180万円の売上高を見込むということは、反当たりの収入は1万8000円。仮に反収3~4俵とすると1俵4500~6000円と、やはり高めの値段をイメージしているようだが、それ以前の話として、畑作経験のない集団にこの収量が可能だろうか。価格が下落しないと楽観している点は、水稲の計画と変わらない。
08年からは、農機具の償却費が約124万円ずつ計上されている。償却期間を8年と見れば、約1000万円かそれ以上の機械投資を計画していると読み取れる。
NHKの番組映像には、組織の役員会で、トラクタ(50馬力)、大豆用の作業機、乗用管理機などの購入と補助事業の導入が話し合われている様子が映っていた。
けれども、機械投資を予定していながら、農機修繕費が計上されておらず、ここにもずさんさが見受けられる。すでに法人化した組織には09年から消費税が課税されるはずだが、その試算も見当たらない。
次に加入者の所得を考えてみよう。組織から加入者には、毎年、作業委託費と地代が支払われる。作業委託費のうち「水・畦畔管理」(210万円)を水稲部門と見なすと、反当たり(出資金1口当たり)の配分額は8400円となる。
全作付面積(35ha)の地代は280万円なので、反当たりでは8000円。先の8400円と合わせて、加入者への支払いは計1万6400円となる。
当然これだけだと、不満を抑えられないに違いない。そこで着目すべきは、もうひとつの作業委託費。原資料では「(乾燥調整、大豆刈取」とカッコ書きが途中で切れている項目だ。07年は約1498万円が計上されており、08年以降は約1455万円が続く。減額は機械投資を反映した結果だと推測される。
したがって、こちらが大豆部門だとすれば、乾燥調整や収穫などの外部委託費を除いたお金が、出役した加入者に労賃として回る可能性がある。組織としては、ここで手厚さを示さない限り、結束を維持できないからだ。
だが、いくら加入者に手厚くても、営業利益は5年連続で100万円以上の赤字が続く。すべてが計画通りに運んだとしても、赤字経営は改善されない。いや、改善しようという気構えが、この計画書からはうかがえない。
項目の中で、いやでも目につくのが助成金収入の多さだ。産地づくり交付金や新たに導入されるゲタやナラシなどを期待した営業外収益を見ると、07年は約325万円、08年以降は年間約510万円が織り込まれている。「利益追求」に走らなくても、経常利益、当期利益とも見事に黒字にひっくり返る。
「集落営農が助成金頼みなのは、どこでも似たようなもの。ある程度の依存は仕方がない」と県の担い手対策担当者は控えめな表現で言う。
たしかにある程度はやむをえないだろう。認定農業者である伊藤氏にしても、これまで産地づくり交付金をまったく見込まずに経営してきたわけではない。
しかし、伊藤氏の場合、菌床シイタケを作目に加え、ジャガイモの試作にも乗り出すなど、助成金に頼らない経営を築こうと心がけてきた。
その姿勢と比べて、この組織の依存ぶりは露骨すぎないだろうか。計画書は、本業で努力しない経営体に対し、膨大な税金が投入される実態を臆面もなくさらけ出している。しかも、助成金が将来減少する可能性は一切排除されている。
水稲作業受託の計画についても気になる点がある。
計画書の最下段、当期利益の欄を見ると、08年の約56万円から11年には約265万円と5倍近くの伸びが見込まれている。その理由を数字で追えば、約1haから始める作業受託を、5年間で10ha、売上高にして200万円に拡大させる計画のためだとわかる。
この目論見が現実的か、単なる数字合わせなのかはひとまずおき、仮に実現したとしよう。北藤根周辺の状況を踏まえれば、組織による受託面積の拡大は、先行する他の受託農家との競争をも意味する。
もちろん組織が技術と信頼性によって地域の需要に応えるのなら、立派な事業だ。ビジネスライクに徹して仕事を奪いにいくのも、ひとつの経営のあり方かもしれない。
問題は、この組織の場合、水稲受託を増やす以外に、収益アップの術がないということだ。08年以降、売上増に寄与する部門は唯一、水稲受託しかない。日本農業新聞(06年12月27日付)に書かれていた「農産物加工などの付加価値創造」は、計画書に一言も語られていない。
となると、利益面で、非加入農家、言い換えれば、地域の人たちの「財布の中身」を当て込んだ経営が、当面ずっと続くことになる。自分たちの土地では赤字を生み続け、貸しはがしによって得た産地づくり交付金を加入者で分配しながらである。
このような自立とは程遠い法人が、本当の意味で地域に貢献すると言えるだろうか。国や地域からもらう支援をどう社会に還元するかという意識が抜け落ちていると、筆者には思えてならない。
蛇足を承知で、販売費・一般管理費にも言及しておく。研修費が毎年20万円計上されている。組織を構成する27戸で割れば、1戸当たり7000円余り。数字だけ見れば、妥当な見積もりと言えなくもない。
しかし、この数字そのものが、集落営農の非合理を物語ってはいないだろうか。本誌読者には釈迦に説法だろうが、この組織の作付面積35haは、機械力のある個別経営であれば、単独でもこなせる規模だ。そしてもし、個別経営者の手元に20万円があれば、国内どこへでも視察に行ける。節約すれば、海外の農機展示会にも出かけられる。
これに対し、組織は1戸約7000円の予算を使って、どんな研修を受けるつもりなのだろう。
それ以外の試算も、大ざっぱな印象が拭えない。毎年10万円の会議費は経営改善にどう結びつけられるのか。事務通信費に年間30万円は必要なのか。漫然と並べられたような数字からは、効率化を目指すはずの集落営農が、結局、非効率に陥る危険が感じられる。
組織が設立される以前のこと。後に加入を決めた1人は、伊藤氏に対して「参加を迷っている。出資金がどう使われるのかが心配だ」と伝えていた。
組織内部では口をつぐんでいても、伊藤氏と会うと、苦しい胸の内を明かす人たちもいる。「赤字が予想される。やっていけるかどうか心配だ」「(組織に入っても)収入は現在より減ると説明された。これも時代の流れと思って諦めている」
そういう言葉を聞く度に、伊藤氏の心中をやりきれない思いがよぎる。「この地域の条件なら、耕作放棄地は出ないのに、一体何のための集落営農なのかと思う」
残念ながら、組織の旗振り役たちは、自分たちも「集落営農の犠牲者」になりうることにまだ気づいていない。彼らの判断を曇らせているのが、地代や助成金の形で長らく不労所得を手にしてきた過去だとしたら、あまりにも不幸だ。
ある農水省関係者は、集落営農を「経営体を育てるフィールド」と位置づけた上で、こんな厳しい見方もしている。「農地を人に任せるのがどれだけ楽だったか、地権者たちが集落営農をやってみれば、1年で気づくだろう」
現在、岩手県は北上市、市農業委員会などと共に、北藤根のトラブルに対処しようと調整を進めている。
県の担い手対策担当者は言う。
「事態がこのままズルズル進行するのはまずい。とにかく関係機関で伊藤氏から直接話を聴くところから、問題を少しずつ解きほぐしていくしかない」
事情聴取の申し入れを伊藤氏は承諾したが、まだ実現には至っていない。組織側が仲裁に応じるかどうかもわからない。
一方、組織側は伊藤氏に宛てて、加入者8人の転作の受委託契約を3月までとする文書を提示した。その方針がこのまま変わらなければ、伊藤氏の被害は間もなく現実化する。
北上市北藤根地区の認定農業者・伊藤栄喜氏と集落営農組織の土地利用調整をめぐる軋轢について、松岡利勝農相は2月2日、出演したNHKの番組内で、「伊藤さんが集落営農に参加すれば、これで解決する」と発言した。
農水省発行の「品目横断的経営安定対策のポイント」(雪だるまパンフ)では、「集落営農の組織化に当たっては、これまで規模拡大を行ってきた認定農業者等の規模拡大努力にも配慮しつつ、地域の関係者間で十分に話し合いを行うことが重要です」とある。
しかし、北藤根地区の集落営農組織は伊藤氏との間で、十分な話し合いをへないまま、貸しはがしに及んでいるのであり、伊藤氏の組織への参加を強要するかのような農相発言は、認定農業者の立場を考慮していないばかりか、農水省の方針とも合致しない。
昨年11月17日、農水省経営政策課は文書で、認定農業者と集落営農組織の間における土地利用調整について「地域段階において、市町村や農地の利用調整を本来業務とする農業委員会等が行うものであり(中略)国が直接介入したり、国がいずれか一方の側に立って調整を図るようなことは(中略)適当ではない」との見解を示した。
この見解の是非はともかく、伊藤氏が集落営農に参加すれば、問題が解決すると明言した農相発言は、「国が直接介入し」、集落営農という「一方の側に立って調整を図るような」行為であり、この点でも農水省の方針と矛盾する。
また、この問題について農相は、「農業経営者」(2006年11月号)で、「農水省としては、認定農家にしっかり頑張ってもらって、それでなおかつカバーできないところを集落営農で、という考え方ですからね。ですので、認定農家の方の経営が成り立たなくさせることは、意図してるところではない」と述べている。
NHKでの農相発言は、この11月時点の発言との整合性も欠いている。「認定農家にしっかり頑張ってもらう」「カバーできないところを集落営農で」という考え方が、今もなお「農水省の考え方」だとすれば、これにも反する。
そもそも北藤根地区の集落営農組織は、組織加入者の農地だけで、20ha以上という集落営農の要件を満たしており、農相の言う「カバーできないところを集落営農で」という地域にも当たらない。にもかかわらず、集落営農が強引に組織化され、これに伴って貸しはがしが起き、認定農業者の経営が脅かされているのであり、伊藤氏が参加すれば、解決するという農相発言は、誤った事実認識に基づいている。
NHKでの発言中、農相は、「伊藤さんが集落営農に参加すれば、これで解決する」と述べた後で、「ちょっと感情的にこじれていることもある。我々も努力してうまくいくようにしたい」とも続けた。
けれども、この問題は、国の政策に沿って集落営農が組織化されたことに端を発しているのであって、集落内の感情がこじれたとすれば、その責任の一端が国にあるのは言うまでもない。伊藤氏はすでに東北農政局、岩手県、北上市農業委員会にも相談しているが、いまだ問題の解決に至っておらず、農相が心から「我々も努力してうまくいくようにしたい」と考えているのであれば、国として早急に措置を講じるべきだ。
問題の原因を集落内の感情的対立であるかのように見なした農相の発言は、行政の責任を曖昧にし、あたかも伊藤氏だけが感情的になって、集落営農組織との間で軋轢を生じさせているかのような印象も視聴者に与えた。これは公共の電波を使った国民に対する情報操作に当たり、伊藤氏に対する人権侵害でもある。
農水省はこの問題で、これまでに2度、誤ったメッセージを北上に送っている。1度目は昨年11月、伊藤氏と集落営農組織に対し、「貸しはがしを正確に定義することは困難」と伝えた時、2度目は昨年12月、新版雪だるまパンフから「貸しはがし」という言葉を削除した時だった。その度に「組織側に理あり」「伊藤氏は妥協すべき」と誤解した反応が組織側や地元の一部で見られた。
今回の農相発言が、仮に「伊藤氏が感情的にならずに集落営農に参加すれば、問題は解決する」と地元に伝われば、農水省は誤ったメッセージを3度続けて送ったことになる。事態をいたずらに混乱させるような誤解を防ぐためにも、農相の発言撤回と謝罪を求める。
雑誌発行前の1月26日、農水省経営政策課に「集落営農の組織化に伴う土地利用調整に関する相談窓口」が設置された。続いて、同月29日、東北農政局は品目横断的経営安定対策加入準備室に「土地利用調整相談専門チーム」を置いた。
国として貸しはがしに対処する最低限の体制が、ようやく形の上では準備されたことになる。
伊藤氏は被害を改めて農政局に相談。その内容は、同局から岩手県と北上市農業委員会に伝えられた。
ところが、その矢先の2月2日、農業問題を扱ったNHKの全国放送「地域発!どうする日本」で、北藤根の集落営農と伊藤氏の問題が取り上げられ、出演した松岡農相が「伊藤さんが集落営農に参加すれば、これで解決する」と言い放った。
この発言は、伊藤氏の経営者としての判断をあまりにも軽視している。伊藤氏は集落営農の先行きに疑問を感じたからこそ、参加をためらったのであり、昨年3月の段階で、組織側に、「何を作り、どこに売るかを決めておかないと、組織の維持は難しい」と助言している。貸しはがしはその後、一方的に強行された。
農相は「ちょっと感情的にこじれていることもある」とも述べたが、これも正確ではない。伊藤氏は感情的にこの問題を捉えてはいない。貸しはがしが起きなければ、組織とのすみ分けも可能だった。
すでに何度も指摘した通り、伊藤氏と組織の軋轢は、蕫農政改革﨟という名の矛盾だらけの政策が呼び起こした。にもかかわらず国は問題解決を地域に丸投げにし、現地に繰り返し誤ったメッセージを発信することで、「こじれ」を悪化させてきた。
とりわけ今回の農相発言を巡っては、現場に近い農水省関係者からでさえ、「(大臣は)困ったことを言ってくれた」「あの発言はないだろう」といった声が上がっている。
組織のずさんな計画将来への甘い見通し
品目横断的経営安定対策は「意欲と能力のある担い手」に対象を限定している。そこで今号では、本誌が入手した北藤根の集落営農組織の事業収支計画書(PDF版)を考察し、組織側の意欲と能力を問う。
また先月号で述べたように、組織の代表者は「利益追求の農業」を否定している。そうした言葉の真意を探り、集落営農全般の将来性を占うためにも、この計画書をできるだけ詳細に吟味したい。
計画によると、組織の経営は水稲(25ha)と大豆(10ha)を中心とし、そのほかに作業受託を毎年拡大させていく。組織加入者の水田でコメを、伊藤氏などからはがした転作田で大豆を作りつつ、非加入者からの水稲の作業受託を増やしていく構想と見られる。
水稲の売上高は2007年から2011年まで、2712万5000円を見込んでいる。反当たり10万8500円ということは、反収8俵とすると1俵1万3562円、8・5俵とすると1万2764円を念頭に置いていることになる。
甘めの試算であることは言うまでもないが、もっと問題なのは、米価の下落傾向がまったく考慮されていない点だ。これでは経営計画どころか、現状維持への期待を数字で表したにすぎない。
大豆は07年と08年以降とでは、売上高が変化している。今年は、伊藤氏が小麦を播種した農地を使わずに、来年から10haすべてに作付けする考えなのだろう。
10haで180万円の売上高を見込むということは、反当たりの収入は1万8000円。仮に反収3~4俵とすると1俵4500~6000円と、やはり高めの値段をイメージしているようだが、それ以前の話として、畑作経験のない集団にこの収量が可能だろうか。価格が下落しないと楽観している点は、水稲の計画と変わらない。
08年からは、農機具の償却費が約124万円ずつ計上されている。償却期間を8年と見れば、約1000万円かそれ以上の機械投資を計画していると読み取れる。
NHKの番組映像には、組織の役員会で、トラクタ(50馬力)、大豆用の作業機、乗用管理機などの購入と補助事業の導入が話し合われている様子が映っていた。
けれども、機械投資を予定していながら、農機修繕費が計上されておらず、ここにもずさんさが見受けられる。すでに法人化した組織には09年から消費税が課税されるはずだが、その試算も見当たらない。
次に加入者の所得を考えてみよう。組織から加入者には、毎年、作業委託費と地代が支払われる。作業委託費のうち「水・畦畔管理」(210万円)を水稲部門と見なすと、反当たり(出資金1口当たり)の配分額は8400円となる。
全作付面積(35ha)の地代は280万円なので、反当たりでは8000円。先の8400円と合わせて、加入者への支払いは計1万6400円となる。
当然これだけだと、不満を抑えられないに違いない。そこで着目すべきは、もうひとつの作業委託費。原資料では「(乾燥調整、大豆刈取」とカッコ書きが途中で切れている項目だ。07年は約1498万円が計上されており、08年以降は約1455万円が続く。減額は機械投資を反映した結果だと推測される。
したがって、こちらが大豆部門だとすれば、乾燥調整や収穫などの外部委託費を除いたお金が、出役した加入者に労賃として回る可能性がある。組織としては、ここで手厚さを示さない限り、結束を維持できないからだ。
助成金頼みで赤字解消「地権者の財布」も当てに
だが、いくら加入者に手厚くても、営業利益は5年連続で100万円以上の赤字が続く。すべてが計画通りに運んだとしても、赤字経営は改善されない。いや、改善しようという気構えが、この計画書からはうかがえない。
項目の中で、いやでも目につくのが助成金収入の多さだ。産地づくり交付金や新たに導入されるゲタやナラシなどを期待した営業外収益を見ると、07年は約325万円、08年以降は年間約510万円が織り込まれている。「利益追求」に走らなくても、経常利益、当期利益とも見事に黒字にひっくり返る。
「集落営農が助成金頼みなのは、どこでも似たようなもの。ある程度の依存は仕方がない」と県の担い手対策担当者は控えめな表現で言う。
たしかにある程度はやむをえないだろう。認定農業者である伊藤氏にしても、これまで産地づくり交付金をまったく見込まずに経営してきたわけではない。
しかし、伊藤氏の場合、菌床シイタケを作目に加え、ジャガイモの試作にも乗り出すなど、助成金に頼らない経営を築こうと心がけてきた。
その姿勢と比べて、この組織の依存ぶりは露骨すぎないだろうか。計画書は、本業で努力しない経営体に対し、膨大な税金が投入される実態を臆面もなくさらけ出している。しかも、助成金が将来減少する可能性は一切排除されている。
水稲作業受託の計画についても気になる点がある。
計画書の最下段、当期利益の欄を見ると、08年の約56万円から11年には約265万円と5倍近くの伸びが見込まれている。その理由を数字で追えば、約1haから始める作業受託を、5年間で10ha、売上高にして200万円に拡大させる計画のためだとわかる。
この目論見が現実的か、単なる数字合わせなのかはひとまずおき、仮に実現したとしよう。北藤根周辺の状況を踏まえれば、組織による受託面積の拡大は、先行する他の受託農家との競争をも意味する。
もちろん組織が技術と信頼性によって地域の需要に応えるのなら、立派な事業だ。ビジネスライクに徹して仕事を奪いにいくのも、ひとつの経営のあり方かもしれない。
問題は、この組織の場合、水稲受託を増やす以外に、収益アップの術がないということだ。08年以降、売上増に寄与する部門は唯一、水稲受託しかない。日本農業新聞(06年12月27日付)に書かれていた「農産物加工などの付加価値創造」は、計画書に一言も語られていない。
となると、利益面で、非加入農家、言い換えれば、地域の人たちの「財布の中身」を当て込んだ経営が、当面ずっと続くことになる。自分たちの土地では赤字を生み続け、貸しはがしによって得た産地づくり交付金を加入者で分配しながらである。
このような自立とは程遠い法人が、本当の意味で地域に貢献すると言えるだろうか。国や地域からもらう支援をどう社会に還元するかという意識が抜け落ちていると、筆者には思えてならない。
非効率な経営から逃れられない「犠牲者」たち
蛇足を承知で、販売費・一般管理費にも言及しておく。研修費が毎年20万円計上されている。組織を構成する27戸で割れば、1戸当たり7000円余り。数字だけ見れば、妥当な見積もりと言えなくもない。
しかし、この数字そのものが、集落営農の非合理を物語ってはいないだろうか。本誌読者には釈迦に説法だろうが、この組織の作付面積35haは、機械力のある個別経営であれば、単独でもこなせる規模だ。そしてもし、個別経営者の手元に20万円があれば、国内どこへでも視察に行ける。節約すれば、海外の農機展示会にも出かけられる。
これに対し、組織は1戸約7000円の予算を使って、どんな研修を受けるつもりなのだろう。
それ以外の試算も、大ざっぱな印象が拭えない。毎年10万円の会議費は経営改善にどう結びつけられるのか。事務通信費に年間30万円は必要なのか。漫然と並べられたような数字からは、効率化を目指すはずの集落営農が、結局、非効率に陥る危険が感じられる。
組織が設立される以前のこと。後に加入を決めた1人は、伊藤氏に対して「参加を迷っている。出資金がどう使われるのかが心配だ」と伝えていた。
組織内部では口をつぐんでいても、伊藤氏と会うと、苦しい胸の内を明かす人たちもいる。「赤字が予想される。やっていけるかどうか心配だ」「(組織に入っても)収入は現在より減ると説明された。これも時代の流れと思って諦めている」
そういう言葉を聞く度に、伊藤氏の心中をやりきれない思いがよぎる。「この地域の条件なら、耕作放棄地は出ないのに、一体何のための集落営農なのかと思う」
残念ながら、組織の旗振り役たちは、自分たちも「集落営農の犠牲者」になりうることにまだ気づいていない。彼らの判断を曇らせているのが、地代や助成金の形で長らく不労所得を手にしてきた過去だとしたら、あまりにも不幸だ。
ある農水省関係者は、集落営農を「経営体を育てるフィールド」と位置づけた上で、こんな厳しい見方もしている。「農地を人に任せるのがどれだけ楽だったか、地権者たちが集落営農をやってみれば、1年で気づくだろう」
契約期限まで間もなく自治体は調整機能を果たせるか
現在、岩手県は北上市、市農業委員会などと共に、北藤根のトラブルに対処しようと調整を進めている。
県の担い手対策担当者は言う。
「事態がこのままズルズル進行するのはまずい。とにかく関係機関で伊藤氏から直接話を聴くところから、問題を少しずつ解きほぐしていくしかない」
事情聴取の申し入れを伊藤氏は承諾したが、まだ実現には至っていない。組織側が仲裁に応じるかどうかもわからない。
一方、組織側は伊藤氏に宛てて、加入者8人の転作の受委託契約を3月までとする文書を提示した。その方針がこのまま変わらなければ、伊藤氏の被害は間もなく現実化する。
認定農業者に集落営農への参加を強要する農相発言について
北上市北藤根地区の認定農業者・伊藤栄喜氏と集落営農組織の土地利用調整をめぐる軋轢について、松岡利勝農相は2月2日、出演したNHKの番組内で、「伊藤さんが集落営農に参加すれば、これで解決する」と発言した。
農水省発行の「品目横断的経営安定対策のポイント」(雪だるまパンフ)では、「集落営農の組織化に当たっては、これまで規模拡大を行ってきた認定農業者等の規模拡大努力にも配慮しつつ、地域の関係者間で十分に話し合いを行うことが重要です」とある。
しかし、北藤根地区の集落営農組織は伊藤氏との間で、十分な話し合いをへないまま、貸しはがしに及んでいるのであり、伊藤氏の組織への参加を強要するかのような農相発言は、認定農業者の立場を考慮していないばかりか、農水省の方針とも合致しない。
昨年11月17日、農水省経営政策課は文書で、認定農業者と集落営農組織の間における土地利用調整について「地域段階において、市町村や農地の利用調整を本来業務とする農業委員会等が行うものであり(中略)国が直接介入したり、国がいずれか一方の側に立って調整を図るようなことは(中略)適当ではない」との見解を示した。
この見解の是非はともかく、伊藤氏が集落営農に参加すれば、問題が解決すると明言した農相発言は、「国が直接介入し」、集落営農という「一方の側に立って調整を図るような」行為であり、この点でも農水省の方針と矛盾する。
また、この問題について農相は、「農業経営者」(2006年11月号)で、「農水省としては、認定農家にしっかり頑張ってもらって、それでなおかつカバーできないところを集落営農で、という考え方ですからね。ですので、認定農家の方の経営が成り立たなくさせることは、意図してるところではない」と述べている。
NHKでの農相発言は、この11月時点の発言との整合性も欠いている。「認定農家にしっかり頑張ってもらう」「カバーできないところを集落営農で」という考え方が、今もなお「農水省の考え方」だとすれば、これにも反する。
そもそも北藤根地区の集落営農組織は、組織加入者の農地だけで、20ha以上という集落営農の要件を満たしており、農相の言う「カバーできないところを集落営農で」という地域にも当たらない。にもかかわらず、集落営農が強引に組織化され、これに伴って貸しはがしが起き、認定農業者の経営が脅かされているのであり、伊藤氏が参加すれば、解決するという農相発言は、誤った事実認識に基づいている。
NHKでの発言中、農相は、「伊藤さんが集落営農に参加すれば、これで解決する」と述べた後で、「ちょっと感情的にこじれていることもある。我々も努力してうまくいくようにしたい」とも続けた。
けれども、この問題は、国の政策に沿って集落営農が組織化されたことに端を発しているのであって、集落内の感情がこじれたとすれば、その責任の一端が国にあるのは言うまでもない。伊藤氏はすでに東北農政局、岩手県、北上市農業委員会にも相談しているが、いまだ問題の解決に至っておらず、農相が心から「我々も努力してうまくいくようにしたい」と考えているのであれば、国として早急に措置を講じるべきだ。
問題の原因を集落内の感情的対立であるかのように見なした農相の発言は、行政の責任を曖昧にし、あたかも伊藤氏だけが感情的になって、集落営農組織との間で軋轢を生じさせているかのような印象も視聴者に与えた。これは公共の電波を使った国民に対する情報操作に当たり、伊藤氏に対する人権侵害でもある。
農水省はこの問題で、これまでに2度、誤ったメッセージを北上に送っている。1度目は昨年11月、伊藤氏と集落営農組織に対し、「貸しはがしを正確に定義することは困難」と伝えた時、2度目は昨年12月、新版雪だるまパンフから「貸しはがし」という言葉を削除した時だった。その度に「組織側に理あり」「伊藤氏は妥協すべき」と誤解した反応が組織側や地元の一部で見られた。
今回の農相発言が、仮に「伊藤氏が感情的にならずに集落営農に参加すれば、問題は解決する」と地元に伝われば、農水省は誤ったメッセージを3度続けて送ったことになる。事態をいたずらに混乱させるような誤解を防ぐためにも、農相の発言撤回と謝罪を求める。
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