農業経営者取材 | 新・農業経営者ルポ | ||
面白がって生き、失ってこそ与えられる道 | 農業経営者 6月号 | (2008/06/01)
【(有)信州ファーム荻原 代表取締役 荻原慎一郎(長野県東御市)】
本格的に農業経営を事業化しようと意気込んでいた矢先、
農機に巻き込まれて片腕を失う事故に見舞われた若き経営者。
運命を呪い、一時は農業をやめることさえ考えたが、
そんな彼を支え、経営者としての歩みを決意させたのは、
ボランティア活動で知り合った若者や家族たちの協力だった。
腕を失ったことによって絆が深まり、力強い発展を始めた農場。
その軌跡は、人生には無駄なことなどないことを教えてくれる。
事故が育てた経営者としての人格
荻原慎一郎(58歳)には左手がない。
41歳の時、ライムソワーに巻き込まれる事故だった。 半年間の入院。事故は二十歳の就農以来続けてきたボランティア活動に一区切りをつけ、農業経営に本格的に取り組もうとしていた矢先の出来事だった。農業をやめようとも考えた。しかし、この事故が本当の意味での経営者になるきっかけを与えた。そしてもうひとつ、荻原の今を作った人生の体験がある。農業が面白くない。だからこそのめり込んだボランティア活動だ。 それまで農業をサボっていたというわけではない。荻原が30代になる1970年代後半から80年代になると、かつて収入の中心だった薬用人参や蚕の価格が下落した。荻原は桑を抜根し、その畑に麦を播いた。
水稲の作付けも拡大した。土地利用型経営への転換である。稼ぎ頭も父から荻原に移っていった。それでも当時の荻原にとって、農業はまだ人生を掛けるほどのものとは思い切れなかった。農業経営の担い手となってはいても、荻原の心が燃える対象はボランティア活動だった。
農業経営者としての荻原の人生を聞いていると、つくづく人生には無駄なことはないと思えてくる。無駄にするかしないか、その違いがあるだけだ。むしろ人や経営者としての人格を育てるのは、損得を超えた努力をどれだけ面白がってできたか、にかかっているのではあるまいか。(以下つづく)