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組織人ではなく、仕事人を目指せ | 農業経営者 8月号 | (2008/08/01)
【同志社大学政策学部 教授 経済学博士 太田 肇】
これまでの日本社会は、自分の所属する企業や共同体などの組織を“公”と呼び、それを“私”よりも優先してきた。組織に従順だったのは、忠誠を尽くせば生活や仕事が保証される暗黙の了解があったからである。
しかしこうした組織では、個人の視点が内部に向かってしまう弊害が生まれる。顧客には組織が一丸となって対応するため、外を見ているのはトップだけ。構成員は組織という囲いの中で内側だけを見ていればよかった。結果、個人は上司の評価や同僚との比較ばかりを気にして、競争するにも努力の方向がずれてしまう。外国の組織だと個人は仕事の成果を上げることに専念するが、日本の場合、いかに頑張っているかという「様子」のみをアピールするのだ。
個人が顧客対応する時代へ
しかし個人主義が台頭し、終身雇用制度もあてにならなくなった現在、信頼を失った旧来型組織は急速に崩壊しつつある。今までのように仕事ぶりをアピールしていれば評価された時代は終わった。実際、組織の中で偉い肩書きを持ってる「組織人」は、昔ほど尊敬を浴びない。それよりも評価されるのは、組織の外に出ても仕事が通用する「仕事人」である。これからは組織の中の個人が市場や顧客を意識して行動し、結果的に組織の利益につながる関係がより求められるようになるだろう。
たとえ今、所属する組織が旧態依然としていても、それでもやはり目指すべきは「仕事人」である。「組織のため」という理念をかかげつつ、市場や顧客に対応して自分の能力を伸ばしていけばよい。「公を装う」のがひとつのポイントになるはずだ。
注目したい京都型社会
そして企業だけでなく、地域社会という組織も変わりつつある。これまでの農村型社会は突出した存在は郷土の英雄として応援したが、それでも基本は「出る杭は打つ」の文化だった。しかし今や、過疎地域では出る杭を打つ者すらいない。だから不祥事や不利益にきびしいとはいえ、起業を歓迎するムードすらあるし、若い人が独自の経営を行うと拍手を送るほどだ。何かしないと疲弊していくだけの現状を感じているのである。
こうした農村型社会と異なる存在として注目したいのが、京都型社会だ。京都は古い土地で保守的なイメージがある一方、ベンチャー企業も数多く育っている。自分の生活範囲を乱さず周りと競合さえしなければ、異端者に干渉しない庶民的な個人主義が京都では発達している。組織によって選ぶべきモデルは違うが、現状に悩む農村型組織は、京都型社会の中に活性化するヒントが隠されているのではないだろうか。
(まとめ 鈴木工)
太田肇(おおた はじめ)
1954年生まれ。神戸大学大学院経営学研究科博士前期課程修了。国家公務員、地方公務員を経験後、三重大学人文学部助教授、滋賀大学経済学部教授などを経て、2004年から現職。専門は組織論、人事管理論で、個人を生かす組織や社会について研究する。近著に「『承認欲求』「認められたい」をどう活かすか?」(東洋経済新報社)http://www.h7.dion.ne.jp/~ohta/