提言 | 視点 | ||
長期的視野で食文化のたすきをつなぐ | 農業経営者 10月号 | (2008/10/01)
【銀嶺食品工業(株)代表取締役社長 大橋雄二】
当社は20年前から雑穀や米、国産小麦など、古くから日本にある食材を原料とする「地ぱん」を製造している。かつて大学予備校で英語を教え、音楽や食生活にいたるまで米国文化にどっぷり浸かっていた私であったが、かの国特有の経済合理性を強烈に追求する思考に疑問を感じ始めた。自分が存在しているこの国、人々、文化の素晴らしさを再発見したのは、皮肉なことに、家業の製パン会社を事業承継した後のことである。
「日本人性」を取り戻すパン
経営者になった私は、食生活を通じて、“日本人性”を取り戻すことをテーマとして考えるようになった。そして西洋で誕生したパンだからこそできる表現があるはずだとも思った。ハンディキャップがありながらも人生を謳歌してきた自らの経験から、与えられた条件の中で最高の結果を出すというポリシーがあったからだ。
この無謀ともいえる挑戦はパン業界から理解されず、心配してくれる知人も「そんなことをしても意味がない」「会社が潰れる」とほぼ全員が反対した。一方で「協力しよう」と手を差し伸べてくれる人もいた。製パン業界とかかわりがなかったが、私の思いに共振してくれたのだ。次第に仲間が集まり、情報やネットワークが広がるまでに十数年という長い時間を要した。結果、手段こそ違えど同じ目的を共有できる仲間は、志を変えない限り、いつかは必ず見つかるという確信を持つことができた。
目的と手段を取り違えるな
よく誤解を受けるのだが、「地ぱん」の「地」は、ローカルという意味に限定されない。材料のうち国産品が占める割合は約半分で、油脂はコロンビア産のパーム油を使用しているし、旱魃になる前は豪州産小麦を採用していた時期もあった。「地」は「地球」の「地」でもあり、遠くから来たものを和をもって受け入れたい。 反面、最近店頭で目にするようなった米粉パンは以前から存在していたが、もともとは日本の水耕田を減らしたくないという思いから生まれたものだ。その思いは理解できる。しかし、原価が高く売れないため、製パン業者はコストを下げようとして安価な米粉を輸入しようという発想に陥った過去がある。明らかに本末転倒で、長期的な視野を持たずに近視眼的な行動を起こすと、このような失敗が繰り返されていくだろう。 食とは1000年、2000年もつながっていく、いわば“駅伝”ではないか。たまたま私はたすきを受け取って走っているにすぎない。課せられたゴールにたどり着いて、次の世代に渡して営みをつなげていければ、自分の事業がたとえ10年しかもたなかったとしても、仕事をした意味は残っていくと信じている。
(まとめ 鈴木工)
大橋雄二(おおはし ゆうじ)
1956年福島県出身。中学卒業後、血友病により高校進学を断念。81年、骨折により左足を切断するも、リハビリに励み社会復帰を果たす。英語講師やレストランマネージャーを経た後、父親の経営する銀嶺食品工業に入社。88年「地ぱん」ブランドを立ち上げ、近年は販路が急速に拡大中。
http://www.ginray.jp/