商売において、ひとつの不変の法則がある。それは“お腹いっぱいのところに商品をもっていっても食べてもらえない”ということだ。
農業で商売になっていないケースに、同じ商品をもうこれ以上いらないという人や地域に過剰に提供していることがあげられる。それより空腹のところを探して、持っていくほうが喜ばれるし、儲かる。当たり前の話だ。同じところに同じものを持ち込むのは、自分の都合であり、おのずと同じ姿勢の生産者と行動と結果が似てくる。そのような惰性を乗り越えるには、まず、己の経営をとりまく外部環境を正確に捉えるところからはじめるといい。大きな時代情勢や個別商品の競合状況、顧客要請の変化などだ。
しかし、農家ほど外部環境を気にせず、モチベーションを持続できる職業はほかにない。というのも、作り手の期待に応えて、植物が日々成長する農業ほど楽しくて満足が得られる仕事はないからだ。これは毎日赤ちゃんを産んで、毎日育てて、毎日嫁に出すようなものだ。育てる幸せがあまりに大きいので、ほかの達成感がいらなくなり、農場の外部のことなどどうでもよくなってしまう。
私もこの幸せの虜になって農業を志した一人だが、私の場合、農家以外の外部にもこの幸福な生き方を広めていきたいという思いがあった。だから作る喜びだけでは終われない、経営者の道を選んだのだ。
チャンスは顧客の課題にあり
私が大きな外部環境を意識するようになったのは、父の元で働いていた時分、小遣い(月給)が5万円だったころに遡る。1日16時間は畑に出て働いていた。時給に直すと108円だ。
(以下つづく)
坂上隆(さかうえ たかし)
(有)さかうえ社長。1968年鹿児島県生まれ。24歳で就農。コンビニおでん用ダイコンの契約栽培拡大を通して、98年から生産工程・投資・予算管理の「見える化」に着手。これを進化させたIT活用による工程管理システム開発に数千万円単位で投資し続けている。現在、150haの作付面積で、青汁用ケール、ポテトチップ用ジャガイモ、焼酎用サツマイモなどを生産、提携メーカーへ全量出荷する。「契約数量・品質・納期は完全100%遵守」がポリシー。03年、500馬力のコーンハーベスタ購入に自己資金3000万円を投下し、トウモロコシ事業に参入。コーンサイレージ製造販売とデントコーン受託生産管理を組み合わせた畜産ソリューションを日本で初めて事業化。売上高2億7000万円。08年から食品加工事業に進出。剣道7段。